郷土人形ずかん

郷土人形とは

 日本各地において、その地方独特の風土に育まれた文化の中で作られた、地方色豊かな人形をいいます。  もともと京都伏見稲荷の門前で売られていた人形が、戦乱の世を過ぎて人々の生活が安定した江戸時代初期、全国各地に広がり、その地方独特の郷土人形が作られるようになりました。



人形のルーツ

 そもそも「人形」とは縄文時代の「土偶」や古墳時代の「埴輪」のように人の形を真似て作り、農耕や狩猟における豊作の祭りや葬送儀礼などの場で使われたものと考えられています。さらに時代が下って奈良時代や平安時代、土や木や紙で人を模った「形代(かたしろ)」に、穢れや邪悪なものを吹き込んで、子どもの無病息災を祈って川や海に流しました。これが現在の雛祭りの起源だとも言われています。



郷土人形の普及

 江戸時代の郷土人形も、初めは、庶民の生活の安定や現世利益などのささやかな願いから生まれた「縁起物」であったと考えられます。それが、伏見稲荷参詣の高まりと共に、「京みやげ」として地方に伝わり、さらにそれぞれの地方独特の人形が作られるようになり、多くの郷土人形が生まれたのです。また、参勤交代で江戸や上方の文化に接した武士たちが家族への土産として買い求めたり、北前船が就航する港町、湯治場、門前町などでも土産ものとして郷土人形が売られました。そのことは、とりもなおさず郷土人形が文化交流の一翼を担っていた証であったともいえるでしょう。



近世民俗文化の証

 このように庶民に愛されてきた郷土人形でしたが、江戸後期~明治初期を最盛期として次第に廃れていきます。人々の生活が豊かになってくるにつれ、素朴な郷土人形よりも豪華な雛人形や節句人形が好まれるようになってきたことと無関係ではないでしょう。  現在では既に廃絶したものも多々ありますが、江戸時代から続く民俗文化の歴史と伝統の灯を守ろうと、郷土人形は再び注目されるようになってきました。



九州国立博物館郷土人形コレクション

 九州国立博物館では、福岡市にお住まいであった故秋吉元(はじめ)氏より約1万3千点の郷土人形のご寄贈をいただきました。これに伴い、ボランティアが主体となって調査・整理・記録作業を行い、平成19年度よりそのデーターベース作成・公開に取り組みました。これはその一部ですが、整理の終わったものから順次、公開していく予定です。  なお、整理が終わった人形は、年3回、九州国立博物館参加者体験型展示室「あじっぱ」内の「あじぎゃら」に展示しており、多くの方々よりご好評を頂いております。皆様も是非、九州国立博物館に御来館いただいて、懐かしい心温まる郷土人形の展示をご覧下さい。